トップページ >> 医療従事者の方へ
カルマン症候群は単に性腺の治療だけでなく、心理的なサポートや性腺機能低下以外の合併症に対するケア―が必要な場合があります。そのためには医学知識を有するドクターやナースの方々にもカルマン症候群そのものを理解していただくために私が医学書に書いたカルマン症候群の内容の一部をここに紹介しておきます。このページは日進月歩の医学の進歩を常に取り込めるように私としても努力して行きたいと考えております。
視床下部には下垂体前葉ホルモンの分泌を調節する神経内分泌細胞がそれぞれグループを作って集まっている。それらは視床下部ホルモン分泌細胞(CRH分泌細胞,TRH分泌細胞, GnRH分泌細胞, GRH分泌細胞, Dopamin分泌細胞など)で軸索を第Ⅲ脳室下部の正中隆起部まで伸ばしている。そして視床下部神経内分泌細胞は上位中枢からの種々の刺激を受け軸索を通してそれぞれの神経内分泌ホルモンを下垂体門脈系の血流に放出し下垂体前葉に送り特定の下垂体ホルモン分泌を調節している。 Kallmann症候群の理解のために視床下部のGnRH分泌細胞と嗅神経の発生から発達を胎生期に遡って解説する。GnRH分泌細胞は胎生6~7週頃に神経板の前部に位置するolfactory placode (嗅板)上の嗅上皮の内側に発生し、鋤鼻神経線維末端と共に嗅神経路を進む。そして前脳の基底に達するとolfactory bulb(嗅球)となる原基部の後端を突き進む。
この時期同時に嗅覚受容細胞の神経終末は前脳極の吻側部に組み込み嗅球が形成される。GnRH分泌細胞は鋤鼻神経線維によって前脳へ移行した後は鋤鼻神経の神経終末を離れ、視床下部の方向に移行する。そして視床下部に到達してそこに位置を定めてから軸索を正中隆起部まで伸ばしGnRH神経内分泌細胞として完成する。一方、性腺の分化と発育には視床下部からのGnRHによるLH、FSH分泌が大きく関わっており、精巣や卵巣に働いてそれぞれTe(テストステロン)やE2(エストラジオール)を分泌する。特に男子では胎生期2,3ヵ月と出生直後にLH, FSHのピークがあり、それは精巣に働いてtestosterone shower と呼ばれるTe のピークを作り性分化とジェンダーアイデンティティーの確立に働くとされている。
そして思春期を迎える頃から視床下部のGnRHの分泌パルスの頻度とそのピークが高くなり、下垂体からのLH, FSHのレベルが上昇し、LHは男子では精巣のライディヒ細胞に働きTeの分泌を、女子においては卵巣に働いてE2の分泌を、一方FSHは男子においては精細管に働いて精子形成を、女子においては卵巣に働いて卵胞の成熟に働き妊孕能を獲得することになる。また成人では視覚や嗅覚、触覚からの刺激を受けて視床下部からGnRH分泌が亢進し、下垂体からのLH,FSH分泌を刺激するルートも存在する。最近GnRHをさらに上位からコントロールするキスペプチンニューロン(kisspeptin neuron)とそのシグナル伝達機構 が明らかにされてきており2)、思春期の発来やフィードバック機構を管理していることが明らかとなっている。
Kallmann症候群は嗅覚性器症候群(olfacto-genital syndrome)とも称されるように視床下部性性腺機能低下症に嗅覚欠損を伴う疾患群であり、他に難聴や小脳失調、腎・尿細管形成異常などを伴うことがある。遺伝形式はX連鎖性や常染色体優性と劣性が報告されており、KAL1やFGFR1(KAL2)、などの遺伝子異常が明らかにされている例があるが、遺伝子異常が明らかにされていない原因不明が80%以上を占めている。
KAL1遺伝子はX染色体上の短腕 22.3領域に14のエクソンを有する遺伝子でKAL蛋白という神経の軸索伸長や神経の接着を担当する機能蛋白をコードしており、その蛋白が欠損することにより嗅神経の発生からその後の軸索伸長できず、嗅神経と嗅球が形成されないことになる。そのため鼻粘膜下のolfactory placodeで発生したGnRH分泌神経細胞が視床下部へmigrateできず、視床下部のGnRH分泌細胞を欠くことになる。そのため嗅覚欠損と視床下部性性腺機能低下症を併せもつことになる。他の原因不明については他の遺伝子異常あるいは何らかの嗅神経の発生に関わる異常が考えられているが不明である。
男子が80%以上を占めている。思春期年齢から成人になっても二次性徴の発来がなく陰茎、精嚢、精巣は小児様で、嗅覚欠損があればKallman症候群が強く疑われる。LH、FSHが低値でかつ血中Teが低値の低ゴナドトロピン性性腺機能低下症で、GnRH負荷試験で低反応であるが、連続負荷で反応性が回復すれば視床下部性と診断できKallmann 症候群と診断できる。われわれが行ったKAL1遺伝子の解析ではKallmann症候群の15%程度に遺伝子異常がみられ3)他は不明であった。治療はゴナドトロピン療法(hCGとrhFSH)で二次性徴を完成させ精子形成も可能であり、妊孕能の獲得も可能な疾患で著者はゴナドトロピン療法で3児を得たKallmann症候群を経験している。
発表のスライドはこちらをクリック |
学会での発表風景 |