トップページ >> カルマン症候群とは
「カルマン症候群(Kallmann syndrome)は嗅覚性器症候群とも称され、性腺機能低下症と嗅覚欠損を伴う一つの疾患グループを言います。原因は嗅神経の発生とその神経の軸索伸長の異常により、それに伴って移動する性腺刺激ホルモン放出ホルモン分泌神経細胞(LH-RH分泌神経細胞)が視床下部に移動できないために性発育が胎生期から進まず性腺機能低下症と嗅覚欠損を伴う疾患です。原因は遺伝子異常や発生と分化の異常などがあります。」
この説明はよほど医学的な知識を有する方にしか理解できませんのでここでは改めて簡単に説明しましょう。要するに臭いを感じる神経(嗅神経)と、脳内の視床下部という性発育を司るセンターから指令を出すホルモンを分泌する細胞は同じ道をたどって完成するため、嗅を感じる神経のでき方に異常があると臭いが分からないだけでなく、性発育も進まず二次性徴も完成しないことになるという事です。頻度は5万人に1人とされています。
カルマン症候群の原因の多くは先天異常によるもので、嗅覚と性腺の発育を担当する遺伝子の異常によって起こると考えられています。私達のグループは15年前に日本で始めてその原因遺伝子とされているKAL1遺伝子の解析に成功し、日本内分泌学会の専門医の先生方から紹介を頂いた19例のカルマン症候群の患者さんの遺伝子解析を行いました。その結果19例中4例にKAL1遺伝子変に変異が有ることを明らかにし国際学会に報告しています。残りの15例については変異が見つからず原因不明という結果でした。その後カルマン症候群に関連する候補遺伝子が次々と明らかになり、現在私のクリニックでは浜松医科大学小児科の緒方勤教授と国立成育医療研究センターの深見真紀子先生の協力を得て32の候補遺伝子(KAL1, FGFR1, PROKR2, CHD3, ILI7RD, GLI2, SOX10 WSR11など)を解析しております。そして私のクリニックで治療を続けているカルマン症候群の患者さん31例について遺伝子解析をおこないましたところ、65%にいずれかの変異が見つかりました。これは日本人のカルマン症候群の遺伝子異常の傾向を示すもので貴重な結果として平成30年宮崎で開催された日本内分泌学会で報告し「最高得点演題」という栄誉を頂きました。まだ30%以上の例の遺伝子異常は明らかにされておりませんが、私達は遺伝子異常以外の原因についても研究を続け、その結果が患者さんの早期発見に役立つようにと日々努力しています。
カルマン症候群で遺伝するグループと遺伝とは関係なく発現する例があると考えられています。KAL-1遺伝子の異常ですと、それはX染色体上に乗っているので男性で治療により妊孕能(子供を造る能力)が得られて子どもができますと、その方の子ども達では男子は発症せず原因遺伝子も持たないことになります。しかし女子の場合は全員父方からのX染色体の異常遺伝子を受け取ることに成り保因者となります。そしてその子が結婚して子供ができるとその子で男子の半分がカルマン症候群として発症します。さらに女子ならば半数が保因者で残りの半数は正常ということになり、メンデルの法則に則って遺伝していくことになります。以前は治療されていなかったために挙児が得られずその代で遺伝子の伝播は終わりという事でした。ただ8割以上は遺伝に関しては不明ということになります。
単に性腺機能低下症と嗅覚欠損だけでなく、色々な合併症を伴っている患者さんがあります。文献的には小脳性運動失調症などが記載されていますが、私の患者さんでは1名だけ経験があります。他に片側腎欠損や膀胱尿管形成異常などがあり、泌尿生殖器の形成不全には注意する必要があると思います。一方難聴や色盲を伴う例もあります。知的には全く正常であり、社会生活や就労に関して問題となる様な合併症はありません。私が治療している色盲と難聴を伴う患者さんはそのハンディーを乗り越えてコンピュータエンジニアとして活躍しておられます。
私は現在まで約30名近いカルマン症候群を治療してきており、遺伝子解析を行った患者さんの調査も含めて発見された経緯について紹介します。ほとんどの例が20歳を過ぎて二次性徴が現れないことで泌尿器科や内分泌内科を訪れています。そして偶然他の病気で検査を受ける途中に二次性徴が見られないことから私の所に紹介された例、さらには今まで治療を受けていない方で自分でインターネットで調べ、私の論文や診療内容を知って受診してきた患者さんがあります。自ら相談に訪れる方の多くは30代から40代初めで発見が遅れ、強いコンプレックスを抱いておられます。臭いが分からないことでは特に生活に支障が無いため、嗅覚欠損から診断されてくる例は殆ど有りません。もし小児期に嗅覚欠損が有る場合にはカルマン症候群を疑って早期に診断し、思春期年齢から同年齢の子どもと足並みをそろえて治療を開始すればコンプレックスを抱くことなく生活できると考えられます。私が開発した成長障害のスクリーニング法であるWHAMES法で発見された例は17歳でちょうど治療開始する年齢での発見で現在29歳になっておられますが、結婚して幸せに生活しておられます。今後遺伝子解析のデータが次世代から次次世代の早期発見に役立つと考えて期待しています。
カルマン症候群の性腺機能低下症の原因が視床下部からのLH-RH分泌障害であり、外科的な治療を必要とすることがないことから、内分泌専門医がその治療を担当することになります。本来性腺に問題のある疾患では有りませんので泌尿器科医の担当する疾患ではありません。しかし日本には内分泌の専門医で性腺疾患の治療を専門とする医師は少なく、経験を有する医師を探すことが大切でしょう。私は日本内分泌学会の会員であり、小児内分泌学会の会員でもありますので日本でどなたがカルマン症候群の治療ができるか十分情報をもっております。
カルマン症候群の診断は決して難しいものではありません。カルマン症候群の診断基準である嗅覚欠損と性腺機能低下症の原因が視床下部にあることを証明すれば良いからです。カルマン症候群が疑わしいという事で当院に受診された場合、先ず嗅覚検査を受けて頂きます。専門のナースが何種類かの臭いをかがせて5段階評価して点数をつけます。 殆どの方は全く臭いが分かりません。すなわち生まれてから臭いというものを知らないため臭いというものがどの様なものが分からない様です。次に身体所見として精巣(こう丸)の大きさをオルヒドメータという精巣の大きさを対比するモデルと比較して測定します。さらに血液検査で下垂体からのゴナドトロピン(LH、FSH)と血中テストステロン(Te)を測定します。同時に他の下垂体ホルモンの測定も行って下垂体からゴナドトロピンだけが出ていない(ゴナドトロピン単独欠損症)ことを証明します。この時点で嗅覚欠損とゴナドトロピン分泌不全が明らかになれば、下垂体のゴナドトロピンの分泌を刺激するLH-RHという視床下部ホルモンの注射を行って下垂体からLH,FSHが分泌されるかどうかを確認します。 視床下部に原因があるカルマン症候群では下垂体の機能は正常ですからこのLH-RHの刺激でLH,FSHは反応します。1回目の刺激では低反応ですが連続刺激を行いますと正常域まで上昇反応がみられますのでこれで視床下部性かどうかの診断が可能です。 最後に頭部のMRI検査で嗅神経の欠損が有るかどうかを画像で確認します。
以上 ①嗅覚欠損があること、②低ゴナドトロピン性性腺機能低下症があること、③視床下部性性腺機能低下症であること、④嗅神経の欠損を伴っていること。が証明されれば確定診断となります。
当院には遠方から受診される事が多く、1日で検査が終えられるように用意しています。当院に受診されるときには事前に予約して頂き、LH-RH分泌負荷試験から頭部MRI検査まで全て一日で終えて、遠方なら飛行機で帰って頂けるように組んでいます。カルマン症候群と診断できたならその後はカルマン症候群に稀に合併する疾患(片腎欠損や色盲、聴力障害、小脳失調症など)を慎重に見極めて治療に入ります
カルマン症候群の治療はゴナドトロピン療法というホルモンの補充療法です。ゴナトロピン®とゴナールF®という2種類のホルモン製剤の自己注射で欠乏しているホルモンを補うことになります。
いずれも高価な薬剤ですので現在カルマン症候群は難病の特定疾患として医療費の多くの部分が公費負担となり医療費の心配をすることなく治療ができます。診断の結果が得られましたら低ゴナドトロピン性性腺機能低下症(国が作成した申請書の不備で下垂体機能低下症の1疾患として)の申請書に主治医が記載して、ご家族がその申請書をもよりの保健所に提出します。特定疾患の審査は県によってことなりますが2か月以内には判定され、ご家族と医療機関に連絡が入ります。医療費の補助は診断されて申請書が作成された日からスタートとなり、認定が下りるまで治療を開始してもその間の医療費は補助されます(奈良県の場合)。