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カルマン症候群は視床下部という下垂体よりも上位のセンターからの刺激ホルモンの分泌障害ですから、治療の基本は下垂体からのLH(黄体化ホルモン)とFSH(卵胞刺激ホルモン)などのゴナドトロピンという性腺刺激ホルモンの作用を有するホルモン剤の注射となります。そのためこの治療法をゴナドトロピン療法と言います。前述のLH,FSHは女性の性腺に対する作用から命名されていますが男性でも全く同じです。LHは精巣や卵巣に働いて男性ホルモンや女性ホルモンの合成を調節する働きがあり、一方FSHは精子を造ったり卵巣を発育させ排卵させたりする働きがあります。そのLHと同じ働きをするホルモンとしてヒト胎盤性ゴナドトロピン(hCG)といった胎盤組織から抽出したホルモン製剤であるゴナトロピン?の注射と使います。一方FSH作用を有する製剤としては以前ヒト更年期女性ゴナドトロピン(hMG)といった更年期女性の尿か抽出したホルモン製剤を使っていました。しかし最近では遺伝子工学で合成したヒトFSH製剤(rhFSH:)であるゴナールF?が使われています。カルマン症候群の多くは男性(女性は稀ですが私は2名治療しています)ですのでまずは男性の治療を念頭に説明します。
思春期前に発見された場合は思春期前の血中テストステロンレベルを模倣する少量のゴナトロピンからスタートします。この様な早期診断で発見される患者さんは稀ですが今後早期に発見される例に対してはそれなりの配慮をもって治療を開始し、本人にも治療の意味を理解させながら生涯治療を続ける必要性を説明しておく必要があります。一方2,30代で治療を開始する場合、まずゴナトロピン®単独で治療を開始します。最初は 1000単位を週2回から開始し、3ヵ月後から3000単位を週2回で続け、半年後の血中テストステロン(注射と注射の中間で採血)を測定してテストステロンが200ng/dlを超えたころからFSH製剤であるゴナールF®を併用します。その量は75単位を週2回が通常使われる量です。そして1年後には血中テストステロンが年齢相当の 500ng/dl ~800ng/dlに入る程度にゴナトロピン®を増量します。私が使っているゴナドトロピン療法の平均的な量は、ゴナトロピン® 5000単位週2回とゴナールF®150単位週2回です。
いずれも自己注射が認められており、自分で安心して注射が出来るように指導します。
最近FSH製剤を先行して治療を開始したり、ゴナトロピン®と同時にスタートする方法も検討されています。またゴナールFを最初から150単位でスタートする場合もありますが、私は精子形成を刺激しておきながら結婚されて挙児を希望されるときから150単位から300単位に増量する方法で挙児を得ています。
カルマン症候群の様なゴナドトロピン分泌に障害がある例には基本的にはテストステロン製剤という精巣から分泌される男性ホルモンは使いませんが、ゴナドトロピン療法だけではなかなか血中テストステロンが上昇しない場合があります。その様な時には何とか二次性徴を早く導いていあげる為にエナルモデポー®という男性ホルモン製剤を併用することがあります。ゴナドトロピン療法で精巣を刺激しておきながらエナルモンデポー®を使うことは決して精巣を委縮させることはなく、私は一時期エナルモンデポー®を併用して3人の挙児を得た患者さん経験しています。ただゴナドトロピン療法の効果が十分得られるようになればエナルモンデポー®は終了します。ここで注意しておくことは、カルマン症候群の治療にはエナルモンデポー®単独では行わないという事です。注射によるテストステロンにより精巣の発育や精子形成が阻害されるからです。私が現在治療している患者さんの2人は以前に他のドクターにエナルモンデポー®だけで治療を受けており、精巣の発育は全くなく、二次性徴としての陰毛や陰茎の発育だけが見られた例を経験しています。カルマン症候群の治療の基本はゴナドトロピン療法です。そして挙児を得たり、挙児を希望されなくなれば以降はエナルモンデポー®を125mgを2週間に1回の注射をつづけます。
ゴナドトロピン療法を続けておれば2,3年経つと精子が確認できるようになります。しかし精子数が少ない場合には妊娠させられる確率は低くなります。その場合血中テストステロンの値を年齢の中間値以上に維持できるゴナトロピン®の量を続けながら精子数を確認しながらFSH製剤を倍量から3倍量に増量します。ゴナールF®を150単位週2回から3回とします。場合によっては体外受精を勧めることがあります。
カルマン症候群の女性例は非常にまれですが私は3名の患者さんの経験があります。一人は出産を希望されてこられた30代初めの方ですが、それまではカルマン症候群と診断されないままカウフマン療法という女性ホルモンだけの治療を続けてこられました。その後ゴナドトロピン療法に切り換えて妊娠され無事出産されています。もう一人は現在20歳前ですがカウフマン療法に、ゴナドトロピン療法(週1回1000単位のゴナトロピンと週2回75単位のゴナールF)を続けています。もう一方30代の女性で妊娠を希望されており、婦人科の医師の協力でゴナドトロピン療法とカウフマン療法の併用で治療を続けています。何とかお子さんをと私も努力しています。女性の場合ゴナトロピンを過剰に続けると卵巣腫大と出血などを来すいわゆるOHSS (ovarian hyper-stimulation syndrome)を引き起こすために、卵巣を有る程度思春期前レベルに発育を維持しておくようにしています。そして結婚されて妊娠を希望された場合には婦人科の専門医に排卵促進の治療をお願いすることしています。
相談に来られた患者さんの話を聞いておりますと、患者さんがいかに大きなコンプレックスを抱いておられるか想像を超えることがあります。しかし治療により正常と同じ様に二次性徴も完成し治療で精子もできて子供もできる様になりますと説明しますと喜びを満面に「そうだったんですか。良かった―。よろしくお願いします」と言ってくれます。そこで私はさらに、「あなたの性腺である陰茎、陰嚢と精巣は生まれつき全く正常なのですよ。ただ脳の方から二次性徴を進めるための指令が出なかっただけで、性腺の異常ではなく、脳の中のホルモン分泌の問題です。ですから治療をすれば本来の正常な身体になります。自信を持ってください。」と付け加えます。このコンプレックスがある限り女性との交際や結婚まで到達する心理的な自信に欠けることになり、なかなかパートナーを見つけられないことになります。確かにカルマン症候群の男性の婚姻率は他の性腺機能低下症(下垂体機能低下症)と比べて低いのが現状です(ニューヨークでの学会で報告)。そのためには早期診断と適切なゴナドトロピン療法、そしてコンプレックスから解放させるための心理的サポートが必要なのです。